2017年10月19日

『暴れる精神障害患者に鎮静剤投与は違法』 まず警察へ!!

『家族が突然に興奮して暴れ出したら、救急車よりも先に警察へ通報をするべきだ』にも書いた通りであるが、下記事例の場合、相手が刃物を持っていたわけで、その状況で医師に診察を依頼する感覚のほうがおかしい。また、そんな依頼を受けて、のこのこと往診に出向いた医師にも責任はあるだろう。
『暴れる精神障害患者に鎮静剤投与は違法』
「問診が不足」「注射なしでも搬送できた」と医師敗訴

暴れていて会話が成り立たない精神障害患者に対し、医師は病院に送るために押さえ付けて精神安定剤を投与しました。裁判所は、注射をせずとも搬送できたとして、医師の注射を違法であると認定しました。

<事件の概要>
1998年2月、町議会の議員であった男性Aは、町長に対して、52歳の妻から暴力をふるわれたことを話した。町長は、以前にも腹部を刺されたなどの話を聞いていたことから、町の「しあわせ課」に相談したらどうかと助言した。
Aは町役場を訪れ、町職員3人に対し、妻が暴力をふるって自分の身が危ない旨を相談し、妻を医師に診察してもらうことにした。Aは職員に同行してもらい病院医師の聴取を受けたが、病院医師は「妻本人を診察しないと最終的な判断はできない」として、往診可能なB精神科開業医を紹介した。
なお、病院の求めに応じて町職員が作成した書面には、妻の行動について(1)妻は長男出産後あたりから異常と思える言動が目立ち始めた(2)8年前、妻は上半身裸でいきなりカセットテープの束でAを殴りつけた(3)Aが家に入ろうとすると妻は刃物を持って暴れる(4)妻は暴力団員に「Aを殺してほしい」と依頼した(5)妻は三角関係のもつれから関係者と公道でカーチェイスを演じた――ことなどが書かれていた。
Aは長男とともにB医師の医院を訪れ、妻がAを包丁で刺したことや、物を投げたりしたこと、カーチェイスを演じたことなどを話し、妻を入院させたいとの希望を伝えたが、B医師は「妻を直接診察しないと入院の必要性を判断できない」旨答えた。
同日夜、Aは町長宅に「妻が刃物を振り回し、とても家の中に入れない。自分の身が危ない」と言ってやって来た。町長は町職員を介してB医師に「早く往診してほしい」旨を伝えた。そのため、Bは翌日の16時ころに往診することを決めた。翌日16時ころ、Bは移送先の病院の医師に「今から注射をして連れて行く」旨伝えた。病院の医師は「診察に支障があるから注射をせずに連れて来てほしい」旨を話したが、Bは「刃物を持っているからとても無理」などと答えた。
AはBと長男、町職員3人とともに自宅へ向かった。Aは長男と一緒に妻に対して医師の診察を受けるよう話したところ、妻がAの顔を叩いたため、Aは「何するんや」と叫び、長男と協力して妻を押さえ付けた。騒ぎを聞いてB医師と町職員3人が家の中に入ると、妻はソファ上に押さえ付けられていた。
Bは妻に医師である旨を話して問診しようとしたが、妻は興奮しており、会話が成り立つ状態ではなかった。AはBに対して妻を落ち着かせてほしいと依頼したため、Bは町職員3人に妻の体を押さえるよう指示し、イソミタール、レボトミンおよびピレチアを注射した。
注射後おとなしくなった妻は病院に搬送され、病院医師の診察を受けた。診察の結果、妻は心因反応と診断されて、Aの同意のもと医療保護入院することになった。
これに対して妻は、精神安定剤を注射して無理やり病院に連行したことは違法だとして、2003年4月、町とB医師を相手取り、1100万円の損害賠償を求めて提訴した。

<判決>
裁判所は、市(町村合併後の自治体)とB医師に対し、連帯して110万円の損害賠償を支払うよう命じた。
裁判所は、精神障害患者の病院搬送に関し、「本人を移送するために、保護者となるべき者の同意のもとで、本人の行動を制限する措置を取ることも、その方法が社会通念上相当と認められ、かつ必要最小限のものである限り許されるというべきである」との一般的基準を示した上で、「精神安定剤の投与については、(中略)身体の拘束などのほかに適切な方法がない場合に限られると解するのが相当である」との見解を示した。
その上で、「原告を診察するためには、まず、Aおよび長男と妻を引き離し、妻の興奮が静まるか否かを見極めながら、十分に問診を尽くすことが必要というべきである。それにもかかわらずB医師は、問診を試みて会話が成り立たないことを確認すると、間もなく妻に本件注射をしており、(中略)十分に問診を尽くしたとは言いがたい」と認定。そして、「Bは、妻が現にAに暴力をふるったり、刃物を振り回したりしている状況を見ておらず、ほかに、問診時において妻に自傷他害の恐れが顕著であるなど、直ちに精神安定剤を注射して妻の興奮を静める必要があったことを示す具体的な事情もうかがわれない」「いかに妻が興奮状態であったとしても、その場には成人男性6人がいたのであるから、精神安定剤を注射しなくても自傷他害の事態を防止し、妻を安全に病院に移送することは可能であったというべきである」などとした。
そして、妻に自傷他害の恐れがあるなど緊急に入院させる必要性は認められず、精神安定剤の注射も社会通念上相当とは認められないとして、注射は違法であるとの判決を下した(京都地裁06年11月22日判決)。

<解説>
暴れていて会話が成り立たない精神障害患者に対し、病院に送るために押さえ付けて精神安定剤を投与することは許されるのか。このケースでは、違法であると判断されました。
医療保護入院とは、治療や保護のために入院を要すると精神保健指定医によって診断された場合、保護者の同意により、本人の同意がなくても精神科病院に入院させることができる制度です。1998年当時、指定医の診察を受けさせるための移送手続についての規定は存在しませんでした。
移送には原則として患者本人の同意が必要となりますが、裁判所は、保護者となるべき者の同意がある場合は本人の同意がなくても精神科病院に移送することは可能、との見解を示しています。この見解は、患者が適切な医療を受けられるようにするという精神保健福祉法の趣旨からしても、正しい判断でしょう。
では、移送のために精神安定剤を投与するのはどうかといえば、今回の注射に対しては「社会通念上相当と認められず、かつ移送の目的を達するのに必要最小限のものとはいえない」と判断しました。
裁判所が重視したのは、(1)精神障害か否か確認するための問診ができていないこと(2)患者が女性で、現場に6人の成人男性がいたことから、精神安定剤以外の方法による抑制措置も可能であったこと(3)自傷他害の恐れが顕著とはいえないこと(4)移送先病院の医師が精神安定剤の投与に消極的な見解を示していたこと――などのようです。
確かに、押さえ付けた時点で興奮が認められただけでは精神障害があるという判断をすることはできません。しかし、医師であることを告げても興奮状態で会話が成り立たない状況であったことからすると、「患者と家族を引き離し、興奮が静まるか否かを見極めて十分に問診を尽くさなければならない」との裁判所の判断は、少し形式的すぎて、現場での緊急性をあまり考慮していないように思えます。また、興奮状態にある患者を無理に押さえ付けたまま移送することは、かえって患者の安全を害することにもなりかねないでしょう。
医療保護入院について、患者の同意を欠く場合の移送手続が定められていないことも、裁判所の判断に影響を及ぼした可能性は否定できませんが、この裁判所の判断は、やや精神科医師に酷な印象を受けます。

【執筆】蒔田覚=弁護士(仁邦法律事務所)
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/dispute/201209/526539.html

2017年10月18日

教科書ではない、ヒント集だ! 『森を見る力 インターネット以後の社会を生きる』


『ドラマで泣いて、人生充実するのか、おまえ』でファンになった橘川幸夫による、ネット時代を生きる人たちに向けた「ヒント集」。これを決して教科書だと思ってはいけない。時代は常に変わっていき、本書の内容もすぐに時代遅れになる。ただ、ヒントとして考えたことや身につけたことは、きっとこれから先を生きる糧になる。

橘川氏はツイッター(@metakit)ブログでも情報発信されているので、気になる人はチェック。

2017年10月17日

鵜呑みにせず、飲み会ネタくらいに考えておきましょう! 『脳はなにかと言い訳する 人は幸せになるようにできていた!?』


脳科学者が雑誌に連載したエッセイをまとめたもので、それぞれのエッセイに追記を加筆してある。面白くはあるのだが、全体的には眉をツバで濡らしまくって読んだほうが良いような部分もある。

単行本初版が2006年。10年以上前なのだから情報が古くても仕方ない、というわけでもない。たとえば睡眠について「人の体内時計は25時間周期」という記述があるが、1999年にハーバード大学で厳密に行なわれた研究では24時間11分という結果で、日本での追試でも24時間10分だった(『8時間睡眠のウソ』より)。本書を読む人は「出版される7年前の研究さえスルーされている箇所がある」ということは認識しておくべきだろう。

そういうわけで、決して鵜呑みにせず、合コンでウンチク披露するくらいに留めておくほうが良い。

2017年10月16日

東日本大震災で人知れず活躍した人たちを讃えつつ、民主党を無能集団として徹底的にこき下ろす佐々節全開の本 『佐々淳行の危機の心得 名もなき英雄たちの実話物語』


「危機の心得」と銘打ってはあるものの、実際には「名もなき英雄たちの実話」のほうがメインである。リーダーシップ論や自己啓発系の本だと期待して読むと、ちょっと肩すかしをくうだろう。

実話を集めてはあるものの、ノンフィクションとして読むにはそれぞれの内容はあっさりしすぎていて、ぐっと引き込まれるようなものは少ない(皆無ではない)。

功労者を現場で速やかに昇進させる「フィールド・プロモーション」について知ることができたのは良かった。といっても、自分が誰かを昇進させる立場になることは絶対にないんだけれど。

佐々氏の民主党大嫌い節が全開で、無能集団として徹底的にこき下ろすのが読んでいて痛快ではあった。

2017年10月7日

全体的には治療者向けだが、自分自身、あるいは家族・友人が境界性人格障害という人も読む価値は充分にある! 『境界性人格障害のすべて』から (4)


全体的には治療者向けの本ではあるが、自分自身、あるいは家族・友人がBPDという人が読む価値は充分にある。

ただし、書いてある症状・性格を自分自身に当てはめて考えないように。何を隠そう、俺自身がその罠にはまりかけ、「あぁ、俺ってBPDなのかもしれない」という気持ちになったのだ。

さて、BPDの根底にあるもの、それは「安心感の欠如」である。本来であれば、0歳から5歳くらいの間に養育者から与えられるべき安心感を、身体的・性的な虐待、ネグレクト、離婚などで、充分に与えてもらえないことがある。こういう家族を、機能がうまく作動していないという意味で「機能不全家族」という。その後、小学校に入ってしばらくの間、安心感の欠如は症状として表面には出てこない。この時期を潜伏期、潜在期、あるいは「ギャング・エイジ」とも言う。同世代の同性とグループを作って遊ぶ時期で、わりと安定していることが多い。ところが、思春期に入ると、情動の不安定性が噴出する。幼児期の「安心感の欠如」のツケがまわってくるのだ。

最後に、アメリカのエール大学精神科のリッズ教授が挙げる『健康家族の三大条件』について記載しておく。

  1. 夫婦間同盟 なにがなんでも妻を守ってあげる。
  2. 世代間境界の確立 祖父母に口出しさせない。
  3. 性別役割の明確化 父は男性モデル、母は女性モデルになる。

これには、特に3番に関して異を唱えたくなる人もいるだろう。あくまでも参考程度と割り切り、知っておいて損はしないと思う。

それから2について。子どもの責任は、成長して最終的には子ども自身がとるとしても、それまでの最終責任は親が担う。その最終責任を負うことのない人(祖父母や親せき)に余計な口出しをさせない、というのが「世代間境界の確立」である。

以上、かなり少ない分量の抜粋・要約であったが、この本に関してはこれで終わり。