2018年2月19日

とても素晴らしい認知症小説 『アリスのままで』


ハーバード大学教授のアリスが若年性アルツハイマー病を発症するところから物語は始まる。とても素晴らしい認知症小説で、映画化もされ、大ベストセラーになるのも頷ける内容だった。

診断を受け、症状が進みつつあるアリスの気持ちが読んでいてとてもつらい。
癌にかかればよかった。いますぐにアルツハイマーと癌とを交換したい。こんなことを願うのは恥ずべきことだし、不毛な取引だとは思うけれど、空想くらいしてもいいはずだ。癌なら闘うことができる。手術をしたり、放射線治療や化学治療ができる。勝つ見込みがある。家族とハーバードの研究者たちも彼女の闘いを支持し、立派だと思ってくれるだろう。そして結局病に負けてしまっても、何もかも悟ったという目で彼らを見て、さよならと言ってから死んでいける。
翻訳者である古屋美登里の訳文もこなれていて読みやすく、専門用語が変に訳されていることもなかった。この人のエッセイもあるようなので、いつか読んでみようと思う。

認知症に興味がある人、身内に認知症の患者がいる人、単純に良い小説を読みたい人。いずれの人にもお勧めできる名著!!

活字が苦手という人には、映画のほうをぜひ。


それから、認知症小説というジャンル(?)でパッと思いつくお勧めを二つ。
ボケることは哀しく、苦しく、ときに滑稽。若年性アルツハイマーの男性を描いた小説 『明日の記憶』

2018年2月16日

パターナリズムが求められるとき

うつ状態などで弱りきっている人に治療の選択肢を提示しても、
「どうして良いか分からない……」
と言われることがある。そういう場合、
「では、こちらで判断します。任せてもらえますね」
と伝え、一時的にパターナリズムを発動させる。

もちろん必要最小限には留める。

パターナリズムをWikpediaから引用すると、「強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援することをいう。親が子供のためによかれと思ってすることから来ている」ものである。

医療におけるパターナリズムは悪いほうにばかり言われがちだが、現実には必要な人や場合も少なくない。

心身ともにヘトヘトな人に対して、「患者の選択権と自己決定権」を盾にひたすら決断を迫るのは、溺れている人に「浮き輪? ロープ? 手? 希望の救助方法を選びなさい」と求めるようなものだ。「なんでも良いから、とにかく引き上げてくれ」という状況で、ひたすら救助方法を選択するよう迫るのは残酷である。

とはいえ、溺れている人をやっとこ引き揚げたと思ったら、
「浮き輪じゃなくて、手で助けて欲しかった」
なんて言われて、下手したら訴訟さえ起こされかねず、しかも和解という名の敗北すらあり得るのが、医療者としては辛いところか。

2018年2月15日

あらゆることに応用できそうな「スタートダッシュ」の効用 『スイッチ! 「変われない」を変える方法』

スタンプカードにまつわる興味深い心理実験がある。

ある洗車場がスタンプカードを導入した。そして、客を2つのグループに分け、片方は「8個のスタンプがたまると洗車1回無料」にした。もう片方のグループでは、「10個のスタンプがたまると洗車1回無料。ただし、そのカードには最初からサービスとして2回分のスタンプが押されている」というものにした。

どちらのグループも実質的には「8回洗車で1回無料」ということに変わりはないが、後者のほうには「最初から2個のスタンプが押されている」という「スタートダッシュ」がある。

さて、実験の結果はどうだったか。

数ヶ月後、無料洗車までこぎつけたのは、前者が19%であったのに対し、後者のスタートダッシュ組では34%がスタンプをためきった。しかも、ためきるまでの時間も短かった。

自分で何かを始めようとするとき、あるいは誰かに何かを始めさせようと思うとき、この「スタートダッシュ」の考えかたは非常に有効だ。

「自分(あるいはあなた)は、現時点でゼロではなく、小さな一歩を踏み出している」

と感じさせるのが、その先の行動に結びつくということだ。


これは、本書で紹介してあった実験である。

病院の診察室での応用を考えてみよう。

肥満、高血圧、高血糖、高脂血症といったものを改善するために生活習慣を変えさせたい場合、
「あなたには食事制限の必要がある」
と指導するより、食生活や運動習慣をもう少し細かく聞きだして、小さな行動を大きく取りあげ評価する。

「1日5分でも散歩し始めているんですね。それはもう、ダイエットが始まっているのと同じですよ」
「ジュースをカロリーオフにしているんですね。それはもう以下略」
「塩分控えるための調理本を買ってみたんですか? なるほど、それは以下略」

といった具合に、診察室で「あなたはすでに、改善のための一歩を踏み出しています」という「スタートダッシュ」のついた生活指導をプレゼントするのだ。

とても面白い本なので、ぜひご一読を。

2018年2月14日

原因探しではなく、成功例に目を向けよ! 『スイッチ! 「変われない」を変える方法』

1990年、ベトナム政府は子どもたちの栄養不足と戦うため、セーブ・ザ・チルドレンという国際組織に事務所の開設を依頼した。ベトナムの外務大臣は、セーブ・ザ・チルドレンのスタッフであるジェリー・スターニンに対し、
「半年以内に成果を出して欲しい」
と告げた。ただし、人手は最低限、予算もわずかである。

スターニンは、ベトナムの子どもたちをとりまく栄養問題に関する多くの文献に目を通していた。衛生状態が悪く、貧困が蔓延し、清浄水は普及しておらず、地方の人々は栄養に無知。こうしたすべての知識を、彼は「True, but Useless」(真実だが、役に立たない)と考えた。期限は半年、予算もわずかしかないのだから、貧困の撲滅や水の浄化、公衆衛生システムの構築など不可能なのは明らかだ。

彼には、もっと良い考えがあった。

スターニンは地方の村々を訪れ、現地の母親グループと会った。そして、手分けして村中の子どもたちの体重を測ってもらい、その結果をみんなで検討した。彼は、
「家庭が非常に貧乏なのに、普通の子どもより体格が良くて健康な子どもはいましたか?」
と尋ねた。女性たちはデータを見て、頷いた。
「います」

これが「お手本となる成功例」、すなわちブライト・スポット(輝く点)である。

さて、スターニンと母親グループは、ブライト・スポットである家庭の食生活を調査した。貧乏なのに健康な子どもがいるということは、貧困での栄養不足は必然ではないということだ。そしてそれは、実用的ですばやい解決方法が可能だという希望をもたらす。厄介な根本原因を解決することに集中するのではなく、ごくわずかに存在する成功例、ブライト・スポットを見つけ出すことから解決方法を探ったのだ。

これで出てきた結論は、一般の家庭が子どもたちに1日2食を与えていたのに対し、健康な子どもたちは1日4食をとっている、というものだった。ただし、食事の一日総量は同じ。子どもたちの弱った胃では、少量ずつのほうがよく消化できるということのようだ。また、健康な子どもの母親は、田んぼで獲れる小さなエビやカニを子どもの米に混ぜていた。一般的にこれらは大人の食べ物だと考えられていた。さらに、低級な食べ物と思われていたサツマイモの葉も混ぜていた。どんなに異様で低級に見えても、こうした工夫でたんぱく質やビタミンが子どもの食事に加わっていたのだ。


本書では、人間の感情を「象」、理性を「象使い」として説明してある。象使いはリーダーで、象を従わせることに成功することも多いが、もし象と争う事態になれば負けるのは象使いである。だから、いかにして「象」と「象使い」のそれぞれの目的地を一致させるかということが大切になる。

ベトナムのエピソードでは、「どんなに貧乏でもできる健康食」を全国の村々に広めるため、知識(理性すなわち「象使い」である)を普及させるだけでなく、
「あなたの子どもをもっと健康にしませんか」
という、母親の感情(これが「象」である)に訴えかけるキャッチフレーズを用いたのだ。

非常にためになる一冊であり、かなりお勧め。

2018年2月13日

疲れきった精神科医に小さく活を入れた本 『激励禁忌神話の終焉』


独り医長時代に読んだ本で、非常に面白かった。勉強になる、というか、独り医長としてやや疲弊した精神科医がよれてきた襟を正せるように、精神科の神様が出会わせてくれた本のような気がする。

本書を中ほどまで読み進めた日の深夜1時半、病院から急患の連絡が入り、押っ取り刀で駆けつけて入院させた。22時からの3時間は睡眠が取れていたので、始業まで病院に残ることにして、また本書を読みふけった。その日の外来は、それぞれの患者との面接が濃密で、ある摂食障害の人からは、
「先生と話して、すごく気持ちが楽になりました」
という感想をもらった。

いつもわりと淡々と話して終わることの多かった人だったが、今回は何かが違っていた。それはきっと、俺自身からではなく、俺という媒介を通して、本書が、というより井原先生が、彼女に何らかの影響を及ぼしたということだろう。この本が凄いのか、本一冊で診療が良いものになっちゃう俺が単純なのか……。

各章のタイトルが興味深く、それらを眺め渡しただけでも若手精神科医は興味を魅かれるんじゃないだろうか。

「激励禁忌神話の崩壊」
「仕事こそ諸悪の根源か」
「超短時間精神療法の経済倫理」
「精神科医は薬のソムリエにあらず」
「薬に依存しない治療」
「リストカットの臨床」
「接遇に慎重な配慮を要する人々」
「危機管理と精神科医」
(上記二つはクレーマーや医療事故時の対策の話)
「旅立つ人に何を語るか」(これはターミナルケアにおける精神科医の役割)