2016年8月26日

通訳者のエッセイなのに、対人援助職の教科書としても一流! 『魔女の1ダース』


著者の米原万里はもともとロシア語通訳者である。通訳者の仕事は、異なる言語と文化を持った人たちを仲介することだが、それは単に言葉を置き換えるだけで成り立つものではない。Aという国の言葉・文化・歴史にも通じていて、さらにはBという国の言葉・文化・歴史にも造詣が深くて、それでようやくAとBの仲介者になれる。

米原女史の本を読むと、患者と家族、患者とスタッフ、患者と他科の医師、患者と社会などの間に立って、通訳者のような仕事をする精神科医としてどうあるべきかを教えられる。同じ日本語を話す人同士であっても、土地柄や出自、育った環境、現在の境遇、その他もろもろの違いが影響しあって、常にスムーズに通じ合えるというわけではない。それどころか、精神科臨床では、「通じ合わない」ことの苦労を抱えている人のほうが多いくらいだ。そしてそこに、精神科医としての自分の役割、「通訳者」としての存在意義があるような気がする。

『不実な美女か、貞淑な醜女か』での切れ味鋭い舌鋒は今回も変わらず。この2冊は単なるエッセイではなく、多くの対人援助職が読んでおくべき一流の教科書である。

2016年8月25日

読前感にワクワクなし、読中感は気分悪い、読後感は暗澹。これぞ、マゾ読書!! 『殺ったのはおまえだ―修羅となりし者たち、宿命の9事件』


読む前にワクワクすることがまったくない『新潮45』のシリーズ。

読んでいる最中は気分が悪いし、読後感は毎回暗澹としてしまう。それなのについつい読んでしまうのは、文章が巧みだからというだけでなく、人間の暗部を覗き見たいという野次馬根性、怖いもの見たさといったものがあるのかもしれない。

今回もやはりキツい内容ばかりであった。

有力な証拠がなく「冤罪ではないのか?」と思える事件(恵庭OL殺人事件)もあった。これは「疑わしきは罰せず」が機能せず有罪判決が出たようだ。また池袋通り魔事件については、「この加害者は精神病だろう」という気がした。もし、この加害者の人生のどこか、たとえば特に各公的機関に支離滅裂で誇大的な手紙を出しまくっていた時期などに、精神科的な介入がなされていれば、こういう事件に発展せずに済んだかもしれないとも思う。いっぽうで、先日起きた相模原障害者施設殺傷事件の経緯を知ると、精神科が介入していても実は大して変わらなかったかもしれないという気にもなる。また、統合失調症疑いの双子の兄が自殺未遂して植物状態となり、生前の「自殺に失敗したら殺してくれ」という約束のとおり弟が刺し殺した事件の章では、切なさと同時に、ドライすぎる司法判断に残念さをおぼえた。

この本を読むのはマゾ読書である。このシリーズは全部読んだはずだし、もうこの類いのものには手を出さないでおこう!

2016年8月24日

少年法のあり方や更生について考えるなら、ぜひとも一度は読んでおいて欲しい 『少年にわが子を殺された親たち』


徹底的に被害者側に寄り添ったかたちで取材・執筆されたルポ。

加害者が未成年の場合、加害者の保護責任者(たいていは親だろう)にも大いに責任があるはずだ。ところが、本書で取材されている事件では、加害者の親たちの態度たるや、読むだけで腹立たしいものであり、被害者遺族の怒りや哀しみはいかばかりかと同情してしまう。加害者の親は、なにをおいてもまず謝罪するのが当然だと思う。ところが、謝るより先に民事訴訟に備えて弁護士を雇うなど、遺族感情を逆なでするような行動ばかりである。陳腐な言い方になってしまうが、この親にしてこの子あり、ということだろうか。

読んでも辛くなるばかりの本ではあるが、少年法や更生といったことを考えるにあたって、一度は目を通しても良いのではないかと思う。また、「少年犯罪被害当事者の会」という団体についても触れてあるので紹介しておく。

少年犯罪被害当事者の会のホームページ

2016年8月23日

神経内科に関する啓蒙的かつ刺激的な内容の良書! 『なぜ記憶が消えるのか』


邦題からすると、いかにも記憶にまつわる本のように感じるが、これはあくまでも第1章のタイトルに過ぎない。以下、第1章から第16章までのタイトルを列記する。

第1章 なぜ記憶が消えるのか [一過性全健忘]
第2章 夢に金は払えない [ラチリスム]
第3章 世界を救おうとした男 [パーキンソン病]
第4章 トスカニーニの失態 [鎖骨下動脈盗血症候群] ※本書の原題は『TOSCANINI’S FUMBLE』である。
第5章 消えた痛みの謎 [脊髄空洞症]
第6章 血に潜む悪魔 [ハンチントン病]
第7章 自由の代償 [進行性多巣性白質脳症]
第8章 なぜ強腕投手はマウンドを降りたのか [胸郭出口症候群]
第9章 テレビを見にくる幽霊 [パーキンソン病]
第10章 不治の病に挑む L-ドーパ革命 [パーキンソン病、他]
第11章 男のなかの大男 [巨人症]
第12章 ちょっとした火遊びから…… [オルガスムスと偏頭痛]
第13章 神経が混線してしまった! [三叉神経痛]
第14章 失恋と失音楽症の関係
第15章 わたし自身の症例報告 [睡眠麻痺]
第16章 病気を復讐に利用する方法 [ハンチントン病]

医学生にとっては啓蒙的かつ勉強になる内容で、医師免許取得10年目の精神科医が読んでも大いにためになる話ばかりで、かつ読書愛好家にとっても刺激的な話が多くて退屈させないだろう。こんな素晴らしい本は滅多にない。

2016年8月22日

これは数学者による『深夜特急』だ! 『若き数学者のアメリカ』


数学者によるアメリカ留学記なのに、読みながら沢木耕太郎の名作『深夜特急』を思い出した。

胸が高鳴り、時に目頭が熱くなり、そして一流のユーモアに笑わされる。数学者ってこんなにも日本語が上手なのだなぁ、と感心したのだが、なんと著者の藤原正彦は新田次郎(『孤高の人』は名作!)の息子とのこと。母は藤原てい(こちらは未読)。なるほど、日本語が巧みなはずだ。

本書があまりに面白かったので、著者のイギリス留学記である『遥かなるケンブリッジ―一数学者のイギリス』も読むことにした。