2016年9月30日

医師が一流になれるか、なれないか、その要諦は受け持った患者にもよる。患者によって医師も育てられるのだ。 『打撃投手 天才バッターの恋人と呼ばれた男たち』


打撃投手と精神科医は似ている。
一流の打撃投手は、いかに打者にとって打ちやすい球を多く投げられるか、打者の要求するコースに確実に投げられるか、とこれまで私は考えていた。(中略)
だが、これは土台と言うべきであって、それだけでは条件を満たさない。これにプラスアルファして、打者といかに意思の疎通をはかることができるか、という能力が必要だとわかった。(中略)
投げながら打者を育ててゆく、同時に打者に助言もする。ここに打撃投手の技術の神髄がある。
精神科医も、患者や家族が理解できる言葉を探りつつ、答えやすい質問を選んで投げかけ、その様子から言葉を選びなおし、質問の内容を変え、助言するときにも同じように配慮する。そして、打者である患者が病院外でヒットを打ってくれれば嬉しい。

また著者はこんなことも書いている。
打撃投手が一流になれるか、なれないか、その要諦は組んだ打者にもよる。打者によって打撃投手も育てられるのだ。
これを医師と患者に置き換えても、まったく違和感ないものになる。

医師が一流になれるか、なれないか、その要諦は受け持った患者にもよる。患者によって医師も育てられるのだ。

精神科医としてストンと納得のいく話を、落合博満の打撃投手だった渡部司がこう語っている。
打者が打ってくれた球がストライクなんです。打者が打ってくれるところに投げればいいんです。たとえボールでも、ワンバウンドしても、打者が打てばこれはストライク。
精神科でも、患者や家族の心に届いた言葉がストライクである。そして、届くような態度と言葉を選べば良い。たとえ不器用でも、下手くそでも、患者や家族に届けばこれはストライク。そういうことだ。

さて、前著『この腕がつきるまで 打撃投手、もう一人のエースたちの物語』では長嶋、王など往年の名選手たちがメインであったが、今回は松井秀喜、イチロー、清原和博といった自分と同世代の野球選手の名前がたくさん出てきた。その中でも印象に残ったのが、先日、覚醒剤で逮捕・起訴された清原和博のエピソード。巨人軍で清原の打撃投手をつとめた田子譲治の父親が、平成18年に他界した時のことだ。この当時、すでに清原は巨人軍を去っていた。
巨人軍から大きな花束が届けられたが、選手からは「選手会一同」という形で届けられた。その中に交じって一つだけ花束が別に届けられた。そこには「清原和博」と書かれてあった。清原とはそんな心遣いをする人間だった。
覚醒剤に手を出したのはバカだと思うけれど、清原の人物伝を読むと、この人のことを嫌いにはなれない。むしろ、叱りつつ応援し続けたくなる。

精神科医は専門書以外からでも学べること、学ぶべきことがたくさんあるので、「精神科専門書」だけでなく「小説」「ノンフィクション」「サラリーマン向けの本」などにも手を出すほうが良い。本書はその点でも素晴らしい一冊だった。

2016年9月29日

ヒーローとはなにか? スーパーマンを演じたクリストファー・リーヴによる自伝的エッセイ 『あなたは生きているだけで意味がある』


映画『スーパーマン』で主役を演じたクリストファー・リーヴは、1995年の落馬事故で脊髄を損傷してしまう。この時、リーヴは43歳前後。今の俺とほとんど変わらない年齢だ。

本書はリーブによる自伝的エッセイである。障害を負ってからの悩み、葛藤、怒り、失望、喜び、希望といった話が綴られている。

本文中には書かれていないが、リーヴは『スーパーマン』の撮影中に「ヒーローとはなにか?」というインタビューを受け、「先のことを考えずに勇気ある行動をとる人のこと」と答えていた。そんな彼が、事故後に同じ質問を受けた際に導き出した回答が胸を打つ。

ヒーローとはなにか?

「どんな障害にあっても努力を惜しまず、耐え抜く強さを身につけていったごく普通の人」

2016年9月28日

医療系学生は必携! 『病気がみえる 〈vol.7〉 脳・神経』


医療系の学生向けのテキストではあるが、卒後10年目の精神科医が読んで充分に勉強になる本だった(それだけ知識がなくなっている証拠でもある……)。

最初から最後まで分かりやすさに重点を置いてあり、イラストもカラフルで視覚的に理解しやすい。

このボリュームと内容で4000円であれば、充分にもとがとれる。最初から最後までザッと読み終えて、学生時代に出会っていれば神経系の勉強がもう少しスムーズだったかもしれないなぁ、なんて思った一冊。

2016年9月27日

麻疹、デング、エボラなど、感染症アウトブレイクや、その予防・監視についてよく分かる! 『パンデミック新時代 人類の進化とウイルスの謎に迫る』

トキソプラズマという寄生性の原虫がいる。これは一部では「ゾンビ虫」と言われているらしい。トキソプラズマをテーマにしたドキュメンタリを観たことがあるが、フランスではこの原虫に感染している人が多いそうだ。そして、この原虫に感染すると性格が変わり、特に「危険なことを好むようになる」のだとか。

このトキソプラズマはネコを終宿主とする。つまり、トキソプラズマにとってネコこそが、目指すべき理想郷なわけである。ところが、トキソプラズマは人間にも家畜にも、そしてネズミにも感染する。そして、ネズミに感染した場合、ネズミはネコを怖がらなくなる。それどころか、ネコの尿のにおいに引き寄せられるようになるそうだ。これは、トキソプラズマがネズミの行動を変えていると考えられている。

そこでふと思う。そういえば、ネコを何十匹も飼うような人が時々いるが、ああいう人たちも、もしかすると……。そう、実際に「クレイジー・キャット症候群」なんて別名もあるほどネコ好きな人たちは、トキソプラズマに感染しているのではないかという説があるそうだ。感染すると、ネコの尿のにおいに鈍感になるどころか、ネズミと同じで引き寄せられるようになるらしい。


本書では、このような微生物、特にウイルスの話をメインに、感染症、アウトブレイク、パンデミックについて解説してある。

興味深かったのは、著者が関わっている感染症監視システムで、「デジタル疫学」とも呼ばれる分野の話。ツイッターやフェイスブックといったSNSを利用して、感染症アウトブレイクを監視するのもその一つだ。「咳」「発熱」「痒み」などのキーワードを対象にチェックし、そういう語句がたくさん出ている場所、グループを重点的に観察することで、アウトブレイクを未然に察知しようという試みらしい。実際、グーグルの検索語句と検索者の地域などを解析したところ、かなり高い精度でインフルエンザの流行地域と一致したようだ。

記述は全体的に平易で、特に専門的で難しいという部分はなかった。これを書いている平成28年9月7日時点の日本では麻疹の流行危機が話題になっている。この機会に、一流の学者による一般向けの本書を読んでみるのはどうだろうか。

2016年9月26日

ちょっとした空き時間にもらい泣きしよう! 『もらい泣き』


冲方丁が「泣き」をテーマに連載したエッセイをまとめたもの。どれも良い話ばかりなのだが、最初の一話目があまりに良い話でインパクトがあり過ぎて、個人的にはそれを超えるようなものがなかったのが少し残念。

短いエッセイが33編もあるので、空き時間の読書に最適。